Sun.

ニューヨーク州 バッファロー 1968.2.4

音楽は、ひびき、記号、表題、説明のことばなどからできている。色、光、かたち、行為などをふくめることもできる。

音自体もひとつの記号なのだ。あるたかさ、あるつよさ、ながさ、そして音色とよばれる定義できない性質。きこえたものを言葉で抽象し、イメージにおきかえる作業をとおさなければ、理解されることはないだろう。
たかさやながさの感覚は、比較からおこる。それはいつも相対的なもの。
たったひとつのひびきがいつまでもつづく。たかさも音色もとらえどころがなく、つよさはけっしてかわらない。ひびきがとまることなくつづくとすれば、そこにはどんなながさもない。たかさやながさのような比較のことばをつかわないで、このひびきをあらわすことができるか? このひびきを記憶することができるか?
ひとつのものをわけて、いくつかのもののくみあわせとかんがえると、内包の増殖に役だつ。内包は矛盾であり、比較からおこる。

最終結果だけでなく、そこへの過程も同時にしめすような作品。バラバラのカードにしるされたノートや、かべにうつされる図や公式とともに上演される。過程と結果を区別することにどんな意味があるのか?


高橋悠治 “時空の網目をくぐって”「音楽のおしえ」









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